政権の安定的委譲を意識し始めた胡錦涛−温家宝体制
3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)は政府活動報告、第12次五カ年計画、2011年度予算など、8項目に上る議題を予定通り採択し、14日に無事終了した。今年もまた経済犯罪を取り締まる部門の報告に対しては不満票が多く見えたものの、大きな波乱は無かった。今回の政府活動報告や予算案の特色は、改革開放政策以降の経済発展に対しては高い評価をしつつも、それに付随して発生している各種の矛盾について、成長を犠牲にしてでも取り組まなくてはならない、という決意が見られる点である。それが「国富」から「民富」へという政策の調整であり、成長の牽引役を投資から消費へと移項する方針なのである。
また、全人代開催に先立つ3月1日、習近平国家副主席が共産党幹部の学校である中央党校の春季始業式の席上で重要講話を行ない、それが共産党の理論誌『求是』に掲載された。その中で、党の目標は最も広大な人民の利益からスタートすることにあることが確認されており、「自分の任期期間中に成果を出すことが正しいことではない」と、過去の地方幹部の「自分の業績誇示」という風潮に釘をさしている。その上で、中国共産党は自ら決めた政策をしっかりと実行することが重要であり、形式主義に陥ってしまえば党と政府への国民の信頼は損なわれてしまう、と危機感を顕にしている。
こうした一連の流れを見てみれば、第12次五カ年計画自体は、その期間中に政治指導部の入れ替えが起こるものの、既に現政権リーダーにより次世代へのルール作りが始まっている、と見ることができる。
鍵は所得の再分配
第12次五カ年計画によれば、都市住民の可処分所得と農民の純収入の伸び率が各7%以上と、GDPの成長率と同じ水準に設置されたことが注目される。つまり第11次計画ではGDPの伸び率目標が7.5%、都市住民、農民のそれぞれの収入の伸びが5%と設定されていたことを思えば、如何に「国富」から「民富」を意識した目標となっているか、富の集中を国から国民へと回そうとしているかが伺える計画である。北アフリカや中東で勃発しているジャスミン革命は、富の一極集中が国民の不満へとつながっていたことを想起すれば、こうした対策は中国政府が随分、早くから準備をしてきたとは言え、結果的に時期にかなった政策として国民から受け入れられたことは疑いが無い。
また、農村の発展のための各種補助政策や農村の都市化のための交通インフラの整備、都市化に伴う教育施設や医療保険、住宅供給(11年度は1,000万戸)などの各種福利厚生の充実、国民の豊かさを増強する上での各種サービス産業の強化、国民生活を守る上での環境対策の強化など、政府が次の五カ年計画の主題が国民の「幸福度」を上げることにある、と考えている証左が随所に見て取れる。
更に政府活動報告の中では、これも以前から対応してきていることではあるが、国民生活の保護の観点から、物価に対しては断固たる措置を取って行くことが確認されており、ここでもジャスミン革命が発生した国々との違いが鮮明になっている。
次の5年は国内市場が拡大
東北関東大震災に見舞われた日本は経済復興に向けて力強く立ち上がるであろう、と世界が見ている。中国でも同じである。隣国の大災害を通じて中国国民の間で日本人に対する見方が随分と変わってきているようだ。本当の心の豊かさとは何なのか、中国国民自身が世界第二位のGDP大国となった自国に対して新たなテーマを感じている。中国政府は既に数年前から「和諧社会」を標榜し、国民生活の豊かさの追求に舵を切り替えつつある。次の5年は国民の所得向上と同時に、国民生活に密着した産業振興がなされ、国内市場が大いに拡がって行くことが予想されるのである。
(執行役員 情報本部長 細井靖)