北アフリカ諸国、中東諸国でインターネットにより情報を得た民衆が政権を倒す『ジャスミン革命』が勃発しています。この問題で、ジャスミン革命は中国でも起こるのではないでしょうか、という質問をよくいただきますので、以下、お答えします。
結論から申し上げますとその可能性は極めて低いと思われます。それには幾つかの理由があります。
第一に中国では長期にわたって一人の人が政権を握り、その地位を利用して財貨を溜め込むということができません。中国共産党のリーダーには定年制があり、また同じポジションも5年の任期を二期続ければ三期目はそのポストから下りることになっています。先月、鉄道省の大臣が罷免されるという事件が起こりましたが、これも中国共産党の中で高級幹部と雖も不正手段で収入を得た者は罰せられる、というモラルが働いていることがわかります。もちろん、どの国を取っても政治家の汚職や賄賂が根絶している、という国はありませんから、中国もその例外では無いでしょう。しかし国民がジャスミン革命を起こして倒すべき個人や王族がいない点がアフリカ、中東の情勢と大きく異なっています。
次に今回のジャスミン革命の背景の一つになっているのがインフレ問題です。確かに中国でも小売物価の上昇が問題となっていますが、今の所、中国の小売物価上昇率は4%台であり、食べられなくなる人が多数、生じるような状況ではありません。政府が金融手段を駆使して沈静化を図っていることは国民もよく知っています。 2月27日に温家宝総理が国民とネット対談を2時間行った際にも物価について、断固とした政策を続けるということを自ら国民に語りかけています。今後石油価格など、世界的な商品価格の値上がりが物価に与える影響や華北の旱魃被害による影響も懸念されますが、人民元レートを切上げていくことで輸入製品価格を引き下げる、或いは小麦の緊急輸入措置を取るなどの選択肢もありますので金利、預金準備率などの調節と合わせ、物価のコントロールは可能との見方が大勢です。住宅価格の高騰についても新五ヵ年計画期間中、3600万戸の住宅を政府主導で建設して需給緩和を図る案が示されています。
そして、実はこれが一番、大きなポイントなのですが、何よりも国民は第11次五カ年計画期(2006年〜2010年)に非常に速いスピードで豊かになり世界を見回しても自分たちが最も目覚しい発展を遂げてきた、という自信と政府の経済運営に対する信頼を持っている点です。言い換えれば中国共産党を倒しても何もメリットが無いと考える人が圧倒的多数である、ということです。もちろん中国経済には多くの問題点がありますが、国民にとってそれは体制の中で行うことが可能であり、事実、政府も先に見た物価問題同様、その問題の存在を認識し、処方箋を示していることがジャスミン革命の意義を色あせたものにしています。第12次五カ年計画(2011年〜2015年)を決議する全国人民代表大会(国会に相当)の開催を控え(3月5日より)、「次の5年の変化はもっと大きい」というマスコミの報道に説得力を感じる国民が大多数なのです。
もちろん、一党独裁という点については議論が出ていますが、それはあくまで複数政党制についての要望であり、共産党を倒すというものではありません。1989年の天安門事件の時でさえ共産党打倒という議論は殆ど聞かれませんでした。中国共産党は7千万人を越える党員を抱えており、中国にはそれに変わる組織が存在していない点も「革命」を困難にしています。
ただ、国は豊かになっても収入は思ったより伸びなかった、という点は否めません(グラフ参照)。 また、都市と農村の所得格差については、実はその格差は縮まってはいないものの拡がってもいません。全体の所得が向上していることを考慮すれば、今、この問題が突然起こっているわけではなく、またすぐに解決できるものでも無い点は国民もよく理解していると思われます。
だからこそ中国政府は今、次の五カ年計画で国民の幸福感に重点を置き、各種格差の解消や弱者救済の具体的政策を盛り込み国民の理解を得ようとしているのです。中国の国民もジャスミン革命を起こすより現体制の中で変革をしていくことのほうが現実的であることを知っている、それがアフリカ、中東との大きな違いだと考えられます。
これから中国では全国人民代表大会開催に向けて地方からいろいろな要望を持った人達が北京に上京してきて陳情などを行うことも少なくありません。これは毎年恒例の動きです。そして4月5日の第一次天安門事件(1976年)、5月4日の五・四運動(1919年)、6月4日の第二天安門事件(1989年)など、中国ではこの時期、毎年決まって政治の「記念日」が続きます。その意味で、この時期、外国の報道機関はこうした政治問題につき大量な情報を流してくることが予想されます。しかし家電下郷政策や汽車下郷政策などにより家電や自動車を持つ農民が増えていること、都市住民には住宅価格や食品価格の高騰に対する不満はあるものの、生活水準が向上しているという実感を持っていることから、「次の5年の変化はもっと大きい」と言うメディアの報道は多数国民の共感を得ている、と考えるのが妥当だと思われるのです。
(東洋証券株式会社 執行役員 情報本部長 細井 靖 2011年3月1日作成)