中国景気の持ち直しとトランプリスク ~ある程度のボラティリティは伴うものの上昇基調は維持か~
利食い売りに押された10月の中国市場
10月1~25日の香港ハンセン指数の騰落率は-2.6%、上海総合指数は-1.1%。9月末に発表された景気刺激策等を背景に、ハンセン指数は10月7日に前月末比+9.3%、上海総合指数は8日に同+4.6%となった。ただし、両指数は共に9月安値から各々37%上昇したため、その後は利食い売りに押された。
7~9月GDPは減速したが9月は経済指標が改善
7~9月GDP成長率は前年同期比+4.6%と、4~6月の同+4.7%から若干減速。ただし、前期比年率では+3.6%と、4~6月の同+2.0%から加速した。
9月の経済指標は内需を中心に概ね改善。7月後半以降に検討されて来た家電、自動車、製造設備の買い替え補助金制度の強化が9月に実施された模様。9月の家電販売金額は前年同月比+20.5%(8月同+3.4%)となり、自動車販売金額は同+0.4%(8月同▲7.3%)となった。結果、9月の小売売上高は同+3.2%と、伸び率が8月から1.1%pt高まった。また、インフラ投資が拡大し、固定資産投資が同+3.4%(8月同+2.0%)となった。GDPと相関が高い鉱工業生産は同+5.4%(8月同+4.5%)へ伸び率が高まった。
景気を下押した新築住宅販売がプラス転換へ
9月24日に発表された大規模金融緩和策で、2軒目の住宅購入者に対する頭金比率が従来の25%から15%へ引き下げられ、既存の住宅ローンの金利が0.5%pt引き下げられたこともあり、新築住宅販売が好調なようだ。政府は10月1~7日の国慶節期間中に新築住宅販売床面積が前年比2倍以上だったと明らかにした。その後も住宅販売は好調なようで、10月の新築住宅販売床面積は23年3月以来となる前年同月比でプラス転換すると当社は見込む。新築住宅販売床面積は21年をピークに急減し、24年1~9月は21年同期比で半分に留まった。急減の後だけに反発することも考えられ、今後、新築住宅販売は増加傾向を維持しよう。
コロナワクチンの接種拡大にもかかわらず22年も政府がゼロコロナ政策を継続すると、国民の消費意欲が急低下、消費者信頼感指数が落ち込んだ。その後も重要産業である不動産業の低迷が続いたこともあり、消費者信頼感指数は底這い。しかし、住宅販売の回復等、消費者に見える形で景気が回復してくれば、消費者の景気に対する信頼も高まり、消費が持ち直しに入ると考える。
中国景気が持ち直しつつある中、11月5日の米大統領選挙でトランプ氏が次期大統領に決まる場合、同氏が中国製品に対し60%超の関税を課すとしているため、中国株の株価下押し要因になる可能性がある。
第1次トランプ政権による追加関税からわかること
第1次トランプ政権で、米国が中国製品に対して25%の追加関税を開始したのは政権2年目の18年7月。第1弾の対象は自動車等で総額340億ドル相当。続いて第2弾は8月にプラスチックや半導体等の160億ドル相当に対し25%の追加関税を課した。第3弾として9月に2000億ドル相当に対し追加課税を課したものの、税率は当初10%、翌19年5月に25%へ引き上げられた。第4弾の引き上げは総額2760億ドル相当で、9月に1200億ドル相当、12月に携帯電話やノートパソコンを含む1560億ドル相当に対し15%の追加関税を課すとした。トランプ氏は1~3弾の中国製品に対する追加関税を19年10月から25%から30%へ引き上げると宣言していたが、米中が12月に第1弾の合意に達したため、1~3弾の30%への追加関税率引き上げや第4弾の12月分への追加関税は見送られた。また、第4弾の9月分の追加関税率が7.5%へ引き下げられた。
米国が25%の追加関税を課した中国製品は総額2500億ドルで、18年の中国製品輸入総額(香港を含む)である5460億ドルの46%に過ぎない。一時的に15%へ引き上げた1200億ドルを含めても、中国製品の68%に留まる。
また、米中は18年12月から交渉を続けると、トランプ氏は更なる追加関税に言及するも、新たな追加関税の実施は限定的であった。
更に、中国からの米国向け輸出は19年に前年同月比で2割以上減少する月もあったが、20年にはコロナ禍だったこともあり、大幅な増加へ転じた。中国の全輸出を見ると、人民元安で輸出ドライブがかかったこともあり、数量ベースの輸出は19年に前年比+2.0%と18年の同+5.5%から小幅な鈍化に留まった。
これからわかる事は、①トランプ氏は政権発足後直ぐには中国製品に対する関税を引き上げないとみられること、②追加関税は米国民の負担が最小限になるよう配慮しているとみられること、③追加関税は交渉を引き出すための手段で、交渉が始まれば関税引き上げを急がないと考えられること、④米国による追加関税の中国輸出に対する効果は人民元安による輸出ドライブもあり、限定的に留まるとみられること、などであろう。
このため、第2次トランプ政権が発足した場合でも、中国製品に対する追加関税は2年目以降になるとみられる。また、米国民に対する影響を最小限に留めるため、第1次政権で追加関税の対象とならなかった1560億ドル(23年中国対米輸出の31%)には、第2次政権でも追加関税を課さない可能性があり、加えて追加関税が7.5%に留まった1200億ドルについても大幅な関税引き上げは見送るであろう。また、トランプ氏と習氏がお互いの交渉術を理解していることから、米中の交渉は第1次トランプ政権の時よりは早期に短期間で合意に達することも考えられる。
第1次トランプ政権時の株価動向からわかること
S&P500種株価指数は16年11月8日の大統領選挙の直前である11月4日に底を打ち、トランプ相場を織り込む形で上昇を始めた。中国株式市場は、18年初めまでは上昇基調にあったものの、18年1月に米国が公開した「国家防衛戦略」で中国をロシア同様に「戦略的競争相手」とみなしたことから、米中関係の悪化が懸念され、株価が下落を始めた。その後も米国による追加関税が次々と課されたことから、ハンセン指数は18年1月29日の高値33,484ptから18年10月30日の安値24,540ptまで27%下落。上海総合指数は18年1月29日の高値3,587ptから19年1月4日の安値2,440ptまで32%下落した。深セン成分指数は17年から下落を始め、17年11月13日の高値11,714ptから19年1月4日の安値7,011ptにかけて40%下落した。しかし、各市場は米中交渉が本格化してきた19年初めに反発に入り、ハンセン指数は一時30,000pt、上海総合指数は3,200p、深セン成分指数も10,000ptを上回った。その後、どの指数も年末にかけては相対的に安定して推移した。
18年の株価下落局面で大幅に下落した銘柄としては、①輸出比率/米国売上比率が高い銘柄(レンズ・テクノロジー、京東方科技など)、②米国の規制リストに入った銘柄、または入る可能性が取りざたされた銘柄(中芯国際、兆易創新科技)、③外国人投資家の保有比率が高い銘柄(テンセント)などだ。一方、下落局面でも、①政策関連銘柄(スポーツ振興⇒李寧、免税店の中国本土での拡大⇒中国旅遊集団中免)、②業績拡大が期待される銘柄(寧徳時代、アリババヘルス)などが買われた。
米国による中国製品に対する関税大幅引き上げは、01年に中国がWTO加盟以来、初めての引き上げとみられ、中国政府も企業も投資家も中国景気に対する影響を著しく懸念し、株価は大幅に下落した。しかし、米国の次期政権で引き上げられれば、2回目となり、関税引き上げの経済的影響はある程度見込めよう。また、米中交渉は前回よりは短期で合意に達するとみられ、投資家は過度には反応しないと考える。また、輸出関連株等が一時的に下落したとしても米中交渉が始まれば再び上昇へ転じよう。
ただ、米中のデカップリングは更に進むと見込まれ、中国政府は半導体等の自給率の低い産業の強化を一段と図ろう。また、中国の景気安定のために各種景気刺激策も採用すると見込まれる。足もとで中国市場でもトランプ相場に入りつつあるのか、半導体関連が物色されている。中国投資はやはり政府の政策について行くのが得策とみられる。
(投資情報部 白岩CFA)