トランプ大統領とバイデン前副大統領は共にファーウェイに対する制裁を維持するとみられ、通信分野での米中のデカップリングが世界の通信技術の発展を遅らせる可能性がある。トランプ大統領の対中政策は中国への直接的影響が大きいとみられるが、バイデン候補が大統領になる場合、米国が国際協調路線に戻ることにより米国への信頼が高まり、「中国の国際的地位が相対的に高まらない」ことも考えられる。
はじめに
11月3日に予定される米国の大統領選挙が近づく中、民主党のバイデン候補が共和党で現職のトランプ大統領を支持率で6.5pt上回っている(9/24時点)。しかし、前回の大統領選で、クリントン候補が事前の支持率でトランプ大統領を上回っていたにもかかわらず敗北したことを考えると、今回の大統領選もどちらが勝利するのかわからない。このため、両候補の対中戦略を検証する。
トランプ大統領の政策
トランプ大統領は、同盟国に対しても関係悪化を顧みず、米国の利益を追求してきた。欧州各国に対しては貿易摩擦を引き起こし、また、各国のNATO(北大西洋条約機構)拠出金額を引き上げ、結果として欧米の関係は悪化している。また、過度な環境保護は企業業績の悪化を招き経済成長を阻害する可能性があるため、排ガス規制を緩和し、パリ協定からの離脱を宣言した。また、イスラム圏の一部の国から米国への入国を制限し、人権を重視しているとはいいがたい。
対中政策としては、中国製品に対する追加関税、中国通信機器メーカーの米国市場からの排除、中国ネット関連企業の米国市場での業務禁止、東/南シナ海での中国軍に対する威嚇などが挙げられる。また、新疆ウイグル自治区の人権問題に関わった中国企業に制裁を加え、香港の国家安全維持法を批判した。トランプ氏が人権を重視しているとは思えないにもかかわらず、人権を重視しなかった中国や関連企業を批判し制裁を加えた背景としては、米国での反中感情の高まりが挙げられる。米国内で中国を好ましく思わない人はコロナ禍前の3月時点で既に66%へ達しており、トランプ大統領は「中国たたき」を大統領選の選挙対策として利用しているとみられる。このため、大統領選が終われば、米国は中国の人権問題等に関する批判や制裁を控えると見込まれる。
ただし、中国は今後10年間のGDP成長率が年率+6%程度になると見込まれ、経済規模は一段と米国に近づこう。このため、米国民の焦りや反中感情は今後、更に高まると考えられ、トランプ大統領は早晩、再び強硬な対中政策へ戻るであろう。中国企業に対する制裁ばかりでなく、東/南シナ海等への艦船の派遣等も増加しよう。米国は、中国が東/南シナ海を越えた米国領のサイパン、グアムをつなぐ地域でも、中国軍が米軍に対抗する能力があると認識しているようだ。米軍派遣を増加する場合は、米国の公的債務が増大していることもあり、米国が日本やアジア諸国などに米軍駐留経費負担の引き上げを要求することも考えられる。
バイデン候補の政策
「民主党の政策綱領2020年」等によると、バイデン候補は、民主主義の実践、差別や格差の撤廃、持続可能な環境の維持、国際協調などを重視しているようだ。対中政策については、「米国の雇用のために戦う」とし、「米国の知的財産を盗む国に対してはあらゆる手段を行使する」と、厳しく対処する姿勢を示している。また、民主主義を重視するため、トランプ大統領よりも香港やウイグル問題に敏感だと考える。更に、データ・セキュリティが益々重要になってきているとの認識を示し、通信ネットワークは同盟国と共に構築するとの方針を示しており、トランプ政権同様に中国通信機器メーカーを米国市場から排除すると見込まれる。
しかし、インターネットは「オープンな状況を確保することが重要」とみており、トランプ政権とは異なり、TikTokを運営するバイトダンスのような中国ネット関連企業に対し米国での業務を容認することも考えられる。また、中国との問題は同盟国と協力して対応することを強調しているため、同盟国が共同歩調を取る場合は中国経済に対する影響は大きいとみられる。ただし、同盟国間での利害調整は難しいと想像され、多くの場合で制裁に至らない可能性がある。更に、民主党は防衛費削減を唱え、かつ、「中国問題は主には軍の問題ではない」との認識を示しているため、東/南シナ海等へ米軍を派遣する頻度は大幅に低下しよう。環境問題では中国と協力する姿勢さえ示している。
トランプ大統領とバイデン候補の政策比較
通信は軍事と密接に関連するため、両候補は共に中国通信機器大手のファーウェイや中国ハイテク機器メーカーに対する米国製品の供給制限を維持しよう。ファーウェイは通信分野を中心に世界最多の国際特許を保有するため、米国製品の供給制限は同社の生産停滞や技術開発を遅らせるだけでなく、世界の通信分野の発展を阻害することになろう。また、通信分野での米中デカップリングは、発展が見込まれるIoT(モノのインターネット)分野での技術標準化にも混乱を生じさせ、世界的な技術開発を更に遅らせる可能性がある。ただし、中国政府は2021年から始まる第14次五カ年計画で通信、それに必要な半導体等に5年間で約149兆円を投じる見通しで、中国が中期的には遅れを取り戻すことも想定される。
両候補の対中政策を比較すると、トランプ大統領の方が対中制裁件数も多く、中国への直接的な影響は大きいであろう。バイデン候補はTikTok等の中国ネット関連サービスの米国営業を認める可能性があり、そうなれば米国消費市場の分析等が可能になり、中国企業が新商品や新サービスを開発し、結果的に中国の輸出拡大に寄与することも考えられる。
ただし、バイデン氏は積極的に欧州等の同盟国との関係を改善し、国際機関への関与を高めるとみられ、米国に対する各国の信頼が改善すると見込まれる。そうなれば、中国は、「経済は拡大したものの国際的地位はそれほど高まらなかった」ということも考えられる。
(マーケット支援部 白岩CFA)