中国の自動車市場で新エネ車の成長が著しい。まだ発展途上の市場だが、参入ハードルはガソリン車と比べて比較的低く、老舗企業と新興メーカーがシェア獲得に向けて熾烈な争いを繰り広げている。今回は、地場系大手の吉利汽車の研究開発センターを訪問したほか、新興EVメーカーの販売店などを直接取材し、新エネ車の「立ち位置」を探ってきた。中国の現場から最新トピックを追う。(写真は全て東洋証券撮影)
東京ドーム6個分、広大なEV研究開発センター
「吉利ブランドで吉利汽車の研究開発センターに向かう気分はどうだい?」――。ライドシェアの運転手からこう話しかけられた。乗った車は吉利汽車控股(00175)のEVブランド「幾何(Geometry)」。加速性能の良さがお気に入りとのことで、「ガソリン車は日系の一択だが、EVは中国系が第一候補」と言っていた。
上海から高速鉄道で約2時間の浙江省寧波市。11月上旬、同市北部の「寧波杭州湾新区」にある吉利汽車控股の研究開発センターを訪問した。東京ドーム6個分の広さを誇り、同社が最も力を入れているEVを中心とした研究開発施設とされる。周辺には合弁を含むグループ会社が並び、もちろん吉利系の車が至る所を走っている。同社IR担当の林鍵涌氏は「(吉利系全体で)現在は6000人余りの従業員が働く。今後は工場の拡張などに伴い3万人まで増える」と誇らしげに話す。
新エネ車比率で4割目指す、2.7兆円投資計画も
同社創業者の李書福氏は立志伝中の人物。冷蔵庫の部品工場などから事業を始め、1997年に自動車業界に進出した。2010年にボルボ・カーズを完全買収したことで知名度が一気に上昇。現在は百度(09888)やテンセント(00700)などと積極的に提携し、新エネ車や自動運転分野に注力している。
吉利汽車控股は、グループ会社である吉利控股集団の上場子会社という位置付け。民族系ブランド(外資との合弁を除く純国産車)では昨年まで4年連続で売上首位の座にあるトップメーカーだ。乗用車市場全体でのシェアは17.0%(20年)となっている。
同社の強みは豊富な資金と高い技術力。それを活かして研究開発能力も強化中だ。桂生悦CEOは「25年までにグループ全体で新エネ車分野などに研究開発費1500億元(約2兆7000億円)を投じる。21年は業界最大規模の約218億元」と強調する。
目下の課題は新エネ車部門のテコ入れ。実は同社の新エネ車販売比率は7.1%(21年10月時点)にとどまり、市場全体の16.4%を大きく下回る。ただ、向こう5年間でこの比率を40%まで高める目標を掲げ、20モデル以上の車種を投入する方針だ。「ボルボと技術提携したことで吉利ブランドが予想を上回る勢いで売れている。ダイムラーともハイブリッド車(HV)向けのエンジン開発を進めており、日系に対抗可能のレベルに達した」(桂CEO)という。
新エネ車市場ではライバルも多い。近年台頭する新興EVメーカーについてはその勢いを認めるものの、約半年に一度は何らかの資金調達が必要になるなど資金面でやや苦戦しており、今後は研究開発などの分野で吉利との差が拡大していくと楽観的だ。一方、地場系メーカーの雄である長城汽車(02333)はラインアップが豊富で脅威的な存在としている。
ブランド力を前面に出す新興勢が躍進
一方、新興EVメーカーはどのような状況にあるのか。上海のモールにある販売店を巡ってみた。
「充電時間の短さを重視する消費者は多い。航続距離はその次だ!」。こう豪語するのは上海蔚来汽車(NIO)の販売店スタッフ。同社は充電タイプに加え、車体を持ち上げて電池ごと交換する施設も自前で展開する。「電池交換は約3分。待つことが苦手な消費者に人気だ。中国人は基本的にスピード重視の性格だから」とも言う。同社は5人乗り(2タイプ)と7人乗りの計3モデル(SUV)を販売中。車内空間が比較的広く、ファミリー層での受けが良い。
小鵬汽車(09868)は高級感溢れるデザインで若者の間で人気上昇中だ。一番の売れ筋はガルウィング仕様の「P7」で、価格は40万元前後(約720万円)と若干高めだ。今年9月発売の新型セダン「P5」は約2カ月の納車待ち状態で、購入層の8割が20~30代という。ただ、「EVはなるべく市内に限り、省を跨ぐ運転はお勧めしない」と販売スタッフが囁く。主因は充電スタンド不足。EV購入層の多くは「ガソリン車に続く2台目」という位置付けで、状況に応じて使い分けているようだ。
ガソリン車分野では中国製は「安い」「カッコ悪い」というイメージが根強く、外資系の存在感が大きかった。メンツ重視で自国産を忌避する(海外産を一種のステータスと感じる)層も一定程度存在する。だが、中国勢が世界をリードするEV市場ではその認識が変わりつつある。ポイントは高性能とデザイン力。新興勢はこれをブランドに昇華させ、立ち上げ当初から高級路線を貫き、同じ中国系の老舗メーカーとの差別化を図ってきた。それを評価する消費者が増え、高価格でも購入するという好循環ができているようだ。高級EV「ZEEKR」の車体には製造元の吉利汽車控股の文字は一切なく、まるで「身バレ」を防いでいるかのようだが、新興勢はスタイリッシュな中国製という点を前面に押し出している。
世界一の市場、新車種はほとんどが新エネ車
20年の中国の新エネ車販売台数は136万7000台(世界の4割)と6年連続で世界一となった。21年は1~10月累計で前年同期比182.1%増の254万2000台と急増中。新エネ車比率は12.1%(20年は5.4%)で、25年の政府目標(20%)達成に向けて順調だ。
今年1~10月のブランド別シェアは、上海汽車集団(600104)傘下の「宏光MINI EV」(30万4495台)が14.3%で首位。上海工場を持つテスラ(TSLA)が10.2%で続く。NIO、小鵬、理想汽車(02015)の"新興EV御三家"はいずれも月次販売が1万台近くで、都市部を中心に知名度が上昇している。
新車販売全体は半導体不足などの影響でやや伸び悩む(21年1~10月は前年同期比6.4%増の2097万台)。22年はこの反動でガソリン車販売が復調すると見られ、新エネ車の伸び鈍化につながるとの懸念もある。ただ、足元で各メーカーの新車種はほとんどが新エネ車という現実は無視できない。現地消費者は新製品を好む傾向が強いことも追い風だ。充電スタンド不足や発火事故など安全面での課題はまだ多いが、需要は高い。都市部を中心としたガソリン車向けのナンバープレートの発給制限も新エネ車市場を長期的に後押ししていくと見られる。
(上海駐在員事務所 山藤)