中国は今年7月の共産党結党100周年を機に、政策の大きな転換点を迎えている。中国は結党100年までは経済成長を重視した「小康社会の建設」を推進してきたが、2049年の建国100周年に向けて社会主義現代化を達成しようと、「共同富裕」を推進する見通し。この政策変更が足元のネット企業等に対する規制強化等に関係しているとみられる。ただし、「共同富裕」の達成には、今後、紆余曲折が見込まれる。
足元でネット企業に対する規制や処罰が続き、7月24 日には学習塾の非営利化が発表された。政策に対する不透明感が高まっている。このレポートでは、足元の経済政策の考察と今後の展望についてまとめる。
結党100年目標:小康社会の全面建設
7月1日の中国共産党の結党100周年祝賀記念式典で、習近平国家主席は「小康社会(ややゆとりのある社会)の全面建設を完成させ、絶対的貧困の問題を解消した」と宣言した。「小康社会」とは、1979年の大平首相の訪中時に、鄧小平氏が中国の目標として紹介した言葉で、GDPの拡大を示し説明した。02年の第16回共産党大会(以下党大会)では、20年のGDPを00年の4倍にするとし、これを全面的な小康社会の建設目標として提示した。鄧小平氏が経済拡大のために「先富論(豊かになれる人を先に富ませる政策理論)」を唱え改革開放を推進したことで、中国経済は世界第2の経済大国に発展したものの、貧富の差が拡大したことも事実であろう。
建国100年目標:社会主義現代化の建設
17年の第19回党大会では、49年の建国から100年の節目の年に「社会主義現代化強国の建設」が目標として掲げられた。社会主義現代化とは、国家の統治体系と統治能力の現代化に加え、全人民が平等に発展する権利が保障され、生活水準の格差が縮小し、「共同富裕」が確実に進むことを目的としている。
その「共同富裕」について、8月17日に開催された中央財経委員会で議論された。会議では習近平国家主席が「『共同富裕』とは社会主義の本質的要求であり、中国現代化の重要な特性である」と強調した。具体的な政策として再分配が挙げられ、第1次分配(企業から労働者への給与等)、第2次分配(税制度を通じた低所得者への再分配)、第3次分配(高額所得者による寄付等)の基本的制度を確立するとした。徴税、社会保障、地方交付金等により調整力を強め、中間所得者層を増やし、低所得者の収入を増加させ、高額所得者の収入を調節し、違法な収入を取り締まり、社会の公平と正義を促進するとした。
「共同富裕」の必要性
現政権が「共同富裕」や再分配を強調する背景としては、①格差是正の必要性、②中国のGDPを拡大し米国を上回るには中間所得者層を増やし消費を拡大する必要があること、③高齢化が進むものの、社会保障は充実しておらず、財源不足を解消する必要があること、などが挙げられよう。
中国では貧富の格差が大きく、その度合いを示すジニ係数が19年に0.465と、社会不安が起こりうるとされる0.4を上回る(日本17年時点で0.372)。政府統計では、20年の平均可処分所得は32,189元(約55万円)とされるが、同年に李克強首相は「中国では6億人の月収が1000元(約1.7万円、年収1.2万元)前後だ」と発言した。すなわち、人口の約4割の人々が平均所得の1/3程度しかもらっていないと推測される。この現状を放置した場合、中国共産党の存続が危ぶまれる事態に発展する可能性もあろう。
「共同富裕」に関する政策
「共同富裕」を達成させるための経済政策としては、中央財経委員会で議論されたように再分配が重要になろう。累進課税や固定資産税等で高額所得者からの徴税を増やし、貧困層や貧困地区に社会保障や地方交付金を通して再分配するとみられる。
浙江省は7月19日に「浙江省共同富裕の高品質発展のモデル地区実施方案(21~25年)」を発表し、その中で、地域格差、都市と農村の格差、収入格差等の解決を重点攻略方針とした。"インターネット+(プラス)"、生命科学、新素材等のイノベーションに注力する一方、企業内での給与体系についても政府が一段と関わる姿勢を見せる。また、富裕層や企業が社会のための慈善活動に参加することを促し、寄付の税制優遇政策等を実施する方針が示された。
「共同富裕」と規制強化
「共同富裕」の政策の中には、違法な収益に対する取り締まり強化が含まれる。このため、政府は昨年秋以来、独占禁止法や個人情報保護法を強化し、ネット企業を罰していると考える。また、データは貴重な無形資産であり、インターネットは政府にとっては重要なインフラであろう。政府はインターネット等で得たデータをAIで分析することにより政策効率を高めており、今後も更に活用するとみられる。その資産がいくつかのネット企業に独占されることは、政策上不利であり、「共同富裕」ではないと映るであろう。
また、教育は貧富の固定化を生み出す可能性があり、「共同富裕」にとっては重要な政策といえよう。浙江省の計画にも塾の規格化等、7月24日に中央政府が発表した教育関連の規制強化が含まれる。
これらの政策が今年前半に実施されたことは、習近平国家主席が長期政権を確立するための政治日程と関係していると考える。来年秋の共産党大会で習主席が長期政権を確立するためには、共産党員や長老の支持を事前に得なければならないだろう。今年秋に開催が見込まれる6中全会(党中央委員会第6回全体会議)では通常、政治思想等が議題になる傾向があるが、16年の6中全会で習氏を「核心」と位置付けたこともあり、今回も習氏の長期政権について進展があるかもしれない。また、8月上旬には北戴河の共産党長老会議が開催されたため、習主席が長老からの支持を得ようと、会議前の7月以前に各種の規制を打ち出した可能性がある。来年の党大会までに更なる規制が出される可能性はあるが、党大会では指導部の刷新が見込まれ、政府も党指導部も人事問題で忙しく、ネット関連の規制は概ね一巡したと考える。
「共同富裕」の実現性
「共同富裕」の目指すところは日本のような相対的に格差が小さい社会であろう。しかし、共産党の党員は高額所得者が多いとみられ、そのために住宅価格上昇の抑制を目的とする固定資産税の導入は進まなかった。「共同富裕」の政策の決定実行は簡単ではなかろう。今後も紆余曲折が見込まれる。
(マーケット支援部 白岩CFA)