中国のスポーツ市場がにわかに盛り上がってきた。かつては"金メダル至上主義"という言葉の下、国威発揚のために利用される側面が目立ったスポーツだが、所得向上やライフスタイルの変化に伴い市民の間にも運動習慣が根付いてきた。バスケットボールW杯や冬季五輪など各種国際大会も続々と開催される予定で、スポーツ用品メーカーのビジネスチャンスも増えていきそうだ。
増加するジム会員と市民ランナー
「中国スポーツ産業は黄金の10年を迎えそうだ」――。今年3月、中国の経済紙にこのような見出しの記事が出た。ちょうどサッカーアジア杯の招致合戦がヒートアップしていた時期。国際的なイベントの誘致に伴い、各企業のスポーツ投資熱が高まり、産業全体の底上げにつながるというシナリオだ。
実際、市民の間でもスポーツが着実に根付いている。スポーツジムの会員数は2018年に1742万人に上ったもようで、20年には2000万人突破が視野に入る。ジム通いをする人の割合を示す「ジム参加率」は、香港の5.9%、日本の3.2%に比べ中国(上位10都市のみ)は0.97%とまだ低く、伸びしろは大きい(数字はいずれも17年のもの)。
中国各地で開催されるマラソン大会も激増している。14年は年間51回だったが、15年は134回、16年は328回と倍々ゲームのように増え、17年は1102回、18年は1581回も開催された。1日当たり4.3回が開催されている計算で、さすがに「走り過ぎ」感もあるのだが、周りを見渡しても市民ランナーが着実に増えていると感じる。18年のマラソン大会参加者数は延べ583万人に上った。
中国ではいわゆる"クラブ活動"がほとんどないことから、学校スポーツは育ちにくい環境。ただ、卓球やバドミントンなど、健康目的やレクリエーションの一環として、スポーツは市民生活に近しい存在だ。早朝や夕方、街の公園や広場では太極拳やダンスを楽しむ中高年の市民をよく見かける。大音量の音楽に合わせてグループで踊る「広場舞」も健在だ。また、黒竜江省ハルピンに屋内スキー場がオープンするなど、バブル期の日本を髣髴させる動きもある。
スポーツ振興は中国の国策
スポーツ熱の高まりに伴い、スポーツ用品市場(主にアパレル製品やシューズ)も拡大中だ。18年は前年比10.1%増の1613億元市場となった。12年の1022億元と比べ、6年間で約60%増加した。
中国では元々、スポーツブランドのロゴが付いた服や靴を普段から着ることが多く、それがオシャレと見られることが多い。そこに折からのスポーツブームが加わり、実用性や機能性も兼ね備えたウエアやシューズの販売が伸びてきたのだろう。
この市場を支えるのは、中国ならではの政策だ。政府からスポーツ産業振興に向けた各種政策や計画が出ている。
中国は08年の北京五輪において、金メダル獲得数で初めて1位となり、「スポーツ分野で世界一になる」という目的を果たした。それまでは「スポーツは国威発揚のため」という考えが主流だったが、これを境にスポーツに対するイメージが徐々に変わり始める。背景には、来たるべき高齢化社会に向けた健康増進というテーマもあった。
政府はまず、14年に「スポーツ産業振興策」を公表し、25年までに同産業の総生産を15年比で約2.8倍とする目標を掲げた。16年には「スポーツ産業の第13次五カ年計画(2016~20年)」「全民健身計画(2016~20年)」などの政策を相次いで発表。15年7月に北京冬季五輪(22年)開催が決まったこともあり、この頃からアイススケートやスキーなどウインタースポーツ関連の政策も目立ってきた。
消費喚起や経済活性化の狙いもうかがえる。19年1月に公表された「体育消費をさらに促すための行動計画(2019~20年)」ではスポーツ消費額の目標額も示された。
国家政策だからスポーツをする、というわけでもないだろうが、政策的後押しが産業全体の刺激になるのは間違いなさそうだ。
"外資2強"の牙城に挑む中国地場系ブランド
さて、中国スポーツ市場の企業及びブランド別のシェア(17年)を見ると、やはりアディダス(19.8%)とナイキ(16.8%)の2強状態となっている。前述のように、中国ではスポーツブランドの服や靴を普段着感覚でオシャレに着こなす・履きこなす消費者が多く、その面では国産よりも海外メーカーのブランド訴求力が強い。特にアディダスの「スタンスミス」のスニーカーは"超"が付くほどの人気商品。今や若者のマストアイテムとなっている。また、往年のNBAスター選手であるマイケル・ジョーダン氏の知名度が非常に高いことから、ナイキ愛好者も多い。ジョーダン氏のシルエットに似せたロゴを使う「喬丹体育(チァオダン)」というスポーツ用品メーカーが登場し、両社の間で訴訟合戦が繰り広げられる"場外戦"も話題になるほどだ。
中国地場系ブランドでは、安踏体育用品(アンタスポーツ、02020)がシェア8.0%、李寧(02331)が同5.3%、361度国際(01361)と特歩国際控股(01368)がいずれも4.0%で続く。中国メーカーは、北京や上海などの大都市ではあまり目立たないが、内陸都市や農村地域での店舗展開に注力していることが特徴だ。中小都市の目抜き通りに行くと、必ずと言っていいほどこれらのブランドの店舗が多数並んでいる。マラソンブームに乗り、アンタのランニングシューズなどが人気だ。
また、「アディダスやナイキは高いから......」と考える親が、比較的安価な中国ブランド製品を子供に買い与える消費習慣もある。このセグメントを狙い、各社が幼児や子供用のサブブランドを立ち上げるなど、市場開拓に余念がない。
一方、中国地場系ブランドは着々と世界進出も果たしている。NBA選手が履くシューズのブランド別シェアを見ると、李寧が1.6%で全体の第6位、アンタが0.9%で第8位と善戦している。前者はC・J・マッカラム選手、後者はクレイ・トンプソン選手などと契約を結ぶ。361度は16年のリオ五輪で公式ウエアサプライヤーとなり、大会スタッフが同社ロゴの付いたウエアを着用して知名度が大きく向上した。
スポーツ市場のボトルネックは?
右肩上がりの中国スポーツ産業だが、問題点も浮かび上がっている。まずは青少年の運動習慣の少なさ。日本のような学校のクラブ活動はほとんどなく、中学生になると高校や大学に向けた厳しい受験勉強に追われるため、時間をなかなか取りにくい。また、政府が力を入れているウインタースポーツだが、リピーターが少ないのが現状。2018年に中国国内でスキーを楽しんだ人は1320万人いたが、そのうち4人に3人は「一度体験してみただけ」という。スキー道具を揃えるのに高額な費用がかかるのがネックで、スキー場や関連設備のサービスレベルも低い。レジャーとして根付くのにはまだまだ時間を要するだろう。
企業側の"脇の甘さ"も垣間見られる。浩沙国際(02200)が運営するフィットネスクラブが昨年以降、経営難により複数の店舗を突然閉鎖。クラブ会員との間でトラブルに発展しているという。マッサージ店や美容院など、前払いの会員制によるいわば"自転車操業経営"は中国ではよく見られるが、資金繰りが悪化して店舗閉鎖などが相次ぐと、業界全体に対する不信の声が広がりやすい。安踏体育用品(アンタスポーツ、02020)は空売りファンドから「売り上げを水増ししている」など決算への疑惑が複数回指摘されている。同社は強く否定しているが、思わぬ横やりが株価に影響する事態もままある。市場環境のブレにも注意を払いたい。李寧(02331)の経営陣は19年6月、米中貿易摩擦によるマイナス影響は出ていないとしたものの、内需の先行きには不透明感があるとし、今年下半期の見通しに慎重なスタンスを示している。
国際的スポーツ大会が目白押し
中国ではこれから大型スポーツイベントが目白押しだ。今年8月末からはバスケットボールW杯が中国各地で開催され、世界からスター選手が集まる。3年後の22年には、冬に北京冬季五輪、秋に杭州アジア大会が行われる。25年のワールドゲームズ開催地は成都に決定した。そして、大のサッカー好きと言われる習近平・国家主席の"悲願"とされるのはサッカーW杯の中国開催。30年、あるいは34年の誘致が有力視されている。市民の間でのスポーツ熱のさらなる高まりが期待される。
さて、スポーツ関連企業の多くは香港市場に上場している。最大手は安踏で、18年売上高は李寧の約2.3倍を記録した。一部を除き、概ね二桁増収増益の企業が多く、経営は比較的安定していると言えよう。安踏はR&Dに注力しており、特歩は広告宣伝費をふんだんに使うなど、数字を見ると各社の特徴がうかがえる。
市場全体を見ると、競争激化や消費低迷の影響で、12~14年頃に各社の在庫が膨らんだ時期があった。製品値下げによるブランド力毀損に加え、店舗の一部閉鎖に追い込まれる企業も出た。現在は若干落ち着いているというものの、競争はますます激しさを増しており、経営力とスケールメリットによる"体力勝負"が続くと思われる。
(上海駐在員事務所 奥山)