「粤港澳大湾区」(広東・香港・マカオビッグベイ)計画が本格的に動き出した。中国政府が2月18日に発表した綱要では、2022年までに世界的な都市群を形成し、35年までにイノベーションを主体とした世界有数のベイエリアになることを目指すことが明記された。香港の国際金融センターとしての地位強化も見込まれよう。
新興産業育成に注力
「グレーターベイエリア」とも呼ばれる今回の国家的政策は、香港、マカオに加え、広州や深センなど広東省の9市に跨る地域が対象だ。総面積は5万6000平方キロメートルで、九州と四国を合わせた広さに相当。総人口は6955万人に上る。従来から「珠江デルタ」と呼ばれているエリアの代表的な都市を一体化し、経済発展の深化を図る。
今回の綱要の特徴的な点は、各都市の役割を改めて明確にしたこと。香港は国際金融センターやオフショア人民元業務のハブ、マカオは世界の観光レジャーの中心と位置付けられた。広州は国際商業・貿易センターや総合交通ハブとしての機能を高め、深センは「イノベーションの都」を目指す。
産業面では、次世代新興産業の育成を強化する。次世代情報技術(IT)、バイオ、ハイエンド設備製造、新材料などがその中心。また、次世代通信技術、5Gとモバイルインターネット、ハイエンド医学診療設備、現代中薬(漢方薬)、スマートロボットなどに加え、新エネルギーや省エネ・環境保護も育成対象となっている。
金融面では香港の国際金融センターとしての地位押し上げ方針がうたわれた。エリア内での人民元のクロスオーバー取引の規模と範囲の拡大も進める方針で、香港を経由した対中投資(オフショア人民元の中国回帰)の活性化が考えられる。香港の機関投資家による中国の私募ファンドやベンチャーファンド向け投資の奨励も、この流れを後押しするだろう。一方、同じく香港の機関投資家が同エリアにおいて「人民元による香港投資」業務を行うことも支持するという。中国内外の投資資金の動きが強まりそうだ。「滬港通」「深港通」などのストックコネクトに加え、「債券通」のさらなる整備も強調されている。
エリア内の交通インフラ整備も加速しそうだ。主要都市間を1時間以内で結ぶことを目指し、高速鉄道や都市間鉄道、高速道路の建設増加が見込まれる。エリア内にある広州、深セン、珠海、香港、マカオなどの各空港の機能強化や役割分担も進むだろう。
これまで珠江デルタでは、東莞や恵州、中山、珠海などが製造業の中心として栄え、中国の「世界の工場」としての地位を支えてきた。ただ、人件費の上昇などで産業構造の転換が叫ばれて久しい。今回の計画を通じ、これらの製造業のノウハウを基盤として、イノベーションを中心とした次世代産業の育成がさらに進むと見られる。
(上海駐在員事務所 奥山)
ビッグベイエリアと「一国二制度」
米中貿易戦争の交渉期限(3月1日)が間近に迫る中、米中閣僚級協議の再開が決まり、それとほぼ同じタイミングで、中国政府は2月18日、ビッグベイエリア構想の基本計画を公表した。
中国経済が構造不況や米中摩擦などにより冴えない状況にあるなか、世界の投資家・事業家が熱い期待を寄せるチャイナといえば広東省と香港、マカオを繋ぐビッグベイエリア。
最終的には東京、ニューヨーク、サンフランシスコの、"世界3大ベイエリア"と並ぶ領域を立ち上げ、米シリコン・バレーに匹敵するハイテク・メガロポリスとして、ニュー・ノーマル(新常態)時代の中国を牽引する役割が期待されている。
発表内容そのものは予想通りで特にサプライズはなく、中国政府は米中貿易戦争で米国から狙い撃ちされ、動揺が激しい5G通信や人工知能(AI)など次世代技術の集積地である深圳エリアを力強く支援し、同エリアの潜在力と将来性を世界の投資家にアピールする狙いがあったようだ。
習近平政権が進める経済政策の目玉として、全体像が明らかとなりつつあるプロジェクトを地理的に整理すると、海外エリアでは「一帯一路」、国内(北部)では、「北京郊外"雄安新区"を大開発する副都心構想」、そして国内(南部)の「ビッグベイエリア構想」。
雄安新区PJが鄙びた農村部の水郷地帯をゼロから立ち上げる構想であるのに対し、ビッグベイエリアPJは、既に発展が一定のレベルまで達している都市部の連携や調整を強化する構想であり、時間軸としては2022年までに基本的枠組みをつくり、35年までに経済圏を完成される予定。
ビッグベイエリア開発に当っての課題は、香港とマカオが中華人民共和国の「特別行政区」として、本土とは異なる「一国二制度」システムで運営されていることから生じる諸問題の調整。具体的にはエリア内で、ヒト・モノ・カネといった経営資源の投入や配分のネックとなりかねない独自の法令や、異なる社会ルールの存在などが挙げられる。
習近平政権は制度の違いに起因する成長阻害要因の除去を念頭に、開発計画の策定を進めているようだが、独自の法律・金融・政治制度を成長ドライバーとする香港の自律性が"大経済圏建設"という大義名分の下で損なわれるのではないかとの懸念が残る。
(主席エコノミスト 杉野)