「共同富裕」の概念が中国経済と株式市場で注目のテーマになっている。所得の分配を進め、貧富の格差縮小と社会全体の豊かさを引き上げることが狙いだ。もっとも、極端な画一的平等主義ではなく富の偏在の是正と捉えるべきで、今後は中流層の拡大が進むと考えられる。2050年に基本的実現を目指す長期的政策で、生活水準の向上や消費市場のすそ野の広がりが見込まれよう。
主眼は富の分配
「共同富裕」は中国共産党が掲げているスローガンで、1953年に建国の父、毛沢東氏が提唱したとされる。習近平・党総書記が主宰した2021年8月17日の重要会議(中央財経委員会第10回会議)では「全人民の共同富裕を、人民の幸福を実現する取り組みの重点とする」と再強調された。これに先立つ6月には、共同富裕のモデル区を浙江省に設置し、都市と農村の収入格差などの不均衡な発展を是正する「意見」を党と政府が公表した。この意見冒頭には「共同富裕の実現は単なる経済問題ではなく、党の執政基盤にかかわる重大な政治問題」と記され、共同富裕は「脱貧困」や「小康社会」に続く共産党の重要課題に位置付けられている。
同会議によると、共同富裕という言葉は「国民全体の富裕で、庶民の物質生活と精神生活が共に富裕になる」と定義される。ただ、平均主義や画一的平等主義の指向ではなく、鄧小平氏が打ち出した「先富論」のように、「先に富んだ者は後から富む者を帯同し、支援していく」ことが重要となる。具体的な方法としては、◇中等収入層の比重を拡大する◇低収入層の収入を上げる◇高収入者の調整を合理的に行う◇非合法の収入を取り締まる◇高収入の人々と企業がさらに多く社会に還元するよう奨励する――などが示された。いわば、富の分配を適正に行いましょう、ということ。これを実現するため、税制や社会保障政策などの改革も推進する方針だ。
生活コストの削減も必須
一部では、これがテック企業や富裕層への締め付け強化につながるとの見方が出たが、共産党の担当者は8月26日の記者会見で「富者を殺して貧者を救うことではない」と説明している。また、社会還元のキーワードとなる「第3次分配」(一般的に、個人及び団体が寄付や慈善活動、ボランティアなどの手段を通じて貧困者層をサポートすること)についても、自らの意志によるもので強制的ではないことも強調した。
共同富裕の実現を別の視点から見ると、所得増加と同時に支出削減もポイントになると言えよう。各種費用(コスト)を下げて"実入り"を多くし、生活を比較的楽にする流れだ。この意味では、「教育」「医療」「不動産」などの"必要不可欠支出"の負担減が大きな課題となるが、教育面では塾の非営利化などを伴う規制強化(教育費の負担減)、医療面では医薬品集中調達を通じた薬価引き下げ、不動産では政府による価格統制などが進んでいる。もちろん背景には少子化対策や各業界の整理・統合などのテーマもあると思われるが、共同富裕構想をあらゆる側面からバックアップする動きと捉えられる。
中等収入層を8億人へ
国家統計局によると、中国の市民の収入階層は、「低収入」が月収2000元以下、「中等収入」が2000~5000元、「比較的高収入」が5000~1万元、「高収入」が1万元以上とされる。北京や上海などの都市部ではほとんどの市民が「比較的高収入」以上に該当しそうだが、あくまで全国レベルではこのようになる。
17年時点で中等収入層はすでに4億人を超えた。大まかに言うと総人口の約3割がいわゆる「中流層」になる(先進国の比率は概ね6割超)。この層を35年までに8億人に増やすのが国家目標とされる。
現状、中国の格差はまだまだ大きい。可処分所得の差は都市部と農村部で2.56倍(20年)あり、省・市・自治区で比べると3.55倍(最高の上海市と最低の甘粛省の比較、20年)となっている。また、貧富の格差を示すジニ係数は09年から見ると低下しているものの、20年の値は0.468と社会騒乱多発の警戒ラインとされる0.4を依然上回る。
これらを解消するためには、第3次分配に加え、経済活動による第1次分配、徴税など政府権力による第2次分配を進めることが喫緊の課題になる。後者については、固定資産税や相続税導入などの税制改革は避けて通れないだろう。市民への一定の影響も否めないが、実際は超富裕層に限定した措置など何らかの傾斜を付けるのが現実的と思われる。一方、嗜好品や贅沢品に課す「消費税」の徴収範囲拡大方針が伝えられ、一部で高額消費が控えられるとの懸念も出ている。だが、「ミスター所得分配」と呼ばれる浙江大学の李実教授の言葉を借りると「富裕層の生活が大きく変わることはないだろう」。裏を返せば、税金くらいではビクともしないほど富の偏在が深刻化しているとも言えるかもしれないが。
大衆消費の拡大やプチ贅沢志向が進みそう
さて、共同富裕は息の長い株式テーマになりそうだが、中長期的観点から関連銘柄を挙げてみたい。
一つ目のポイントは所得向上による大衆消費の拡大。身近な一般消費財や日用品セクターがさらに注目されそうで、スポーツ用品・アパレルの安踏体育用品や李寧、食品の牧原食品、内蒙古伊利実業集団、仏山市海天調味食品などが恩恵を受けると思われる。次に消費のグレードアップ。中国人特有のメンツ文化からプチ贅沢志向も高まり、白酒や家電などでミドル~ハイエンドタイプの需要が増えそうだ。海南島の免税店でショッピングを楽しむのは別に富裕層だけではなく、大半が中等収入層の一般市民。この層が厚みを増していくと見られる。
また、「下沈市場(三線級以下の都市及び農村)」の開拓による農村・内陸部振興も進みそう。同エリアで顧客掘り起こしに積極的な同程旅行控股、京東集団、順豊控股のほか、インフラ基盤の拡充面から建機の三一重工が活躍する場面も増えそうだ。
(上海駐在員事務所 奥山)