中国の国会に当たる全国人民代表大会(全人代)が3月5日から15日まで行われた。李克強首相は会議冒頭に行った「政府活動報告」の中で、2019年の経済成長率目標を6~6.5%と設定。財政出動を強化し、安定的な経済運営を指向する方針が示された。産業別の強化分野としては引き続き人工知能(AI)や第5世代移動通信(5G)などが挙げられたほか、消費やインフラへの言及も目立った。
「構造改革」は一休み?
今回の「政府活動報告」を見ると、「改革重視」姿勢から「安定志向」方針へのシフトが感じられる。昨年の政府活動案の筆頭項目だった「供給側構造改革」が消えてしまったことも特徴的だ。米中貿易摩擦を背景とした各経済指標の伸び悩みなど足元の経済状況を踏まえ、やむにやまれず構造改革はひとまず棚上げ、のような状況かもしれない(もっとも、国家発展改革委員会から同時に発表された「2019年度国民経済・社会発展計画案についての報告」の中では、冒頭に「供給側構造改革の深化に力を入れる」とあり、改革の旗を全面的に降ろしたとは言えないが)。
「大盤振る舞い」も今年の特徴だ。4月から増値税(付加価値税)率の引き下げ(4月から製造業で16%⇒13%、交通運輸業や建築業で10%⇒9%)、5月から社会保険料率の引き下げを行い、企業の負担を年間で2兆元弱軽減させる。また、追加的な預金準備率の引き下げの可能性も示唆。さらには、地方特別債(レベニュー債=高速道路建設や都市再開発などに使途を限定)の発行額を前年比約6割増の2兆1500億元とする。鉄道や道路・水運などのインフラ強化を全面支援する考えだ。
一方、重点産業としては引き続きビッグデータや人工知能(AI)、次世代情報技術、バイオ医薬品、新エネルギー車などが挙げられた。前年はマイナス成長に陥った自動車市場の安定もうたわれたため、今後の補助金政策にも期待が高まる。前述のインフラには、第5世代移動通信(5G)やIoT(モノのインターネット)などの「新型インフラ」も含まれてくるだろう。
金融面での注目は、"中国版ナスダック"と言われる「科創板(科学技術イノベーションボード)」の創設だ。年内に上海証券取引所に設けられ、IPO(新規株式公開)登録制の試行が行われる予定(現状は原則、許可制)。また、自社株買い戻しや配当の際の規制緩和を通じて、より魅力的な証券市場を形成するという指針も示された。
(上海駐在員事務所 奥山)
仏頂面の全人代
3月5日に中国の北京で開幕し15日に閉幕した日本の国会に相当する全国人民代表大会(全人代)で目を引いたのが、習近平主席の仏頂面だった。全人代の主要登場人物は3名。全人代委員長の栗戦書(序列3位)が主催し、李克強首相(序列2位)が政府活動報告を発表、それを雛壇の習近平主席(序列1位)が見守る。
李首相が大粒の汗を流しつつ約2時間かけて政府活動報告を読み上げているとき、仏頂面の習主席は首相と目も合せなかったし、席上の報告書をパラパラめくる程度で、ほとんど読んでもいなかった。
習主席が仏頂面に終始していた気持ちはよく分かる。足元の中国経済は過剰融資、過剰生産設備の解消等を目的とした金融規制などにより、企業の資金繰りが悪化しており、そこに米中貿易摩擦が追い打ちをかけ、景気減速が続き、世界経済にも悪影響が広がりつつある。
それでも6%前後の成長率が保てる経済大国は世界で中国だけであり、習主席は全人代で「建国100周年(=2049年)までに製造強国としての地位を固める」と内外にPRしたいところである。しかし貿易摩擦で米国がハイテク産業育成策「中国製造2025」を警戒、問題視していることから、全人代では米国を刺激しないようこのキーワードを完全削除し、加えて米国への配慮から外資系企業の技術を強制的に移転させることを禁止する"外商投資法"が急遽採択された。正に苦渋の決断、習主席が仏頂面に終始した所以である。
全人代では景気浮揚策として、喫緊の課題であるはずの構造改革や規制緩和を一歩後退させ、減税やインフラ投資を骨子とする処方箋が示されたが、問題先送りのフォロー、つまり出口戦略さえしっかりやる覚悟があるのであれば、緊急避難的な経済政策と理解する。
(主席エコノミスト 杉野)