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中国からの便り

第208回:顔認証にキャッシュレス デジタル社会は今日も行く

「事前登録のQRコードがなければ入場できません」――。4月に訪れたデジタル経済の大型展示会。会場入口の自動改札ゲートで係員からこう言い放たれた。中国のイベント会場や観光地でよく見られる、スマホアプリ経由のチケット購入や事前登録システム。しかし、時として外国人には対応していない。杓子定規な係員は「ダメなものはダメ」とそっけない。このような理不尽な対応に慣れてはいるが、このまま引き下がるわけにもいかず、ダメ元で改札横にあった顔認証カメラに顔をかざしてみた。すると、数秒後に見知らぬおじさんの顔(たしか「黄某」という名前が表示されていた)とバッチリ照合され、なんとゲートがオープン。係員は笑顔で「行って良し!」。いや、私とは似ても似つかぬ顔だったのだが......。

社会のデジタル化が進む中国。2022年のデジタル経済規模は前年比10.3%増の50兆2000億元で、対GDP比率は41.5%に高まった。工業インターネットやスマート製造などに加え、コネクテッドカー、プラットフォーム経済などが生活シーンに浸透中だ。

市民がデジタル化を実感しやすいのが普段使いのネットやスマホだろう。中国インターネット情報センター(CNNIC)によると、中国のネットユーザーは22年末時点で10億6700万人を数え、普及率(全人口に占める比率)は75.6%。携帯電話ユーザー数は総人口(14億1175万人)を上回る16億8300万件で、"全民デジタル化"の様相だ。スマホ経済圏も想像以上に広がっており、「中国ではスマホがないと何もできない」との例えは決して大げさではない。

レストランで注文しようと従業員に声をかけると、「掃碼点餐!」(注文はQRコードでお願いします!)と返されることが多くなった。テーブルに貼られたQRコードを自分のスマホで読み取り、メニューの閲覧・注文・支払いなどをセルフで済ませるシステムだ。日本でのタブレット注文などと異なり、中国ではスマホ画面上でのスワイプ&タップが一般的。ただ、料理名を発音する機会が激減し、中国語でのオーダー力が衰えたのが玉に瑕。スタッフとの掛け合いも少なくなり、いささか物足りない気もする。

それでもデジタル化の流れは止まらない。ネットユーザーの40.9%が配車(ライドシェア)、48.8%がフードデリバリーを利用中。ネット通販の利用率は79.2%、キャッシュレス支払いは85.4%に上る(全て22年の値)。そのほとんどがスマホ経由だ。

そしてなんと、使用率94.8%を誇るのがショート動画。人気プラットフォームは、「抖音(ドウイン=TikTok)」、「快手(クァイショウ)」、テンセントの微信(WeChat)系の「視頻号(チャンネル)」など。いずれもショート動画やライブ動画に力を入れており、人気ライバーも数多く生まれている。

中国で特徴的なのは、これらは何も若者中心のツールではなく、幅広い世代で支持を得ていること。巷の小ネタやオモシロ動画、社会ニュースなどに夢中になっている中高年層や高齢者も多い。ローカル線の車内や田舎の道端にあるベンチで皆が思い思いに動画を楽しむ姿を見ると何だかほっこりする。

スマホ動画は、ユルい施設の受付スタッフやガードマンのヒマつぶしの定番でもある。閑古鳥が鳴く観光地や商業モールなどでよく見られる光景だ。以前訪問したオフィスビルでは、受付スタッフがスマホでのNBA観戦に全集中。私の存在に気付かず、なかなか入館手続きをしてもらえないこともあった。「仕事中になんと不謹慎な!」とお怒りの声も出そうだが、もちろんこれは極端な例。ただ、想像の斜め上を行く現場に出くわすことがあるのも事実だ。

先日、上海の街を歩いていると、自転車に乗った市民が交通警察に呼び止められていた。どうやら通行禁止の道を走っていたらしい。聞き耳を立てると、警官曰く「罰金は50元です。WeChatとアリペイ、どちらで払いますか?」。手にはQRコードが印字された簡易レシート。中国では交通反則金のキャッシュレス納付は当たり前だ。ニコニコ現金払いならぬ渋々キャッシュレスとでもなろうか。警官は去り際に「通行禁止エリアは地図アプリで確認してくださいね」と言い添えていた。デジタル経済ここにあり。

(東洋証券上海駐在員事務所 奥山 要一郎)

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