中国で旅行に出かける市民が増えている。消費力の向上に加え、余暇の有効活用というライフスタイルの変化が背景にあるようだ。携程旅行網(シートリップ)は「説走就走(思い立ったらすぐ出かけよう」というキャッチコピーで観光業を後押し。40年前の日本で「いい日旅立ち」キャンペーンが大成功したように、中国でも旅行ブームがさらに盛り上がるだろうか。
55億人が旅行にGO!
「世界那麼大、我想去看看(世界は広い、もっと見てみたい)」――。数年前に中国で一世を風靡した流行語だ。元々は、とある女性教師が退職願に書いた一言。「史上最高に感動的な辞職願」と話題になった。これが市民が旅行に出かける際の"決まり文句"に転じ、一気にブレイク。SNS上は、このコメントが添えられた観光地の写真投稿であふれたものだ。
中国で旅行ブームが起きている。2018年の中国国内旅行客数は前年比10.8%増の延べ55億4000万人に上った。ここ10年で3倍以上に膨らんでいる。単純計算で市民1人当たり、年4回は旅行している計算だ。中国政府は20年までに旅行客数を64億人に増やす目標を掲げる。一方、18年の海外旅行客数は同14.3%増の1億4972万人。こちらは政府目標の1億5000万人(20年)を前倒しで達成する勢いである。
観光産業全体も右肩上がりで拡大中だ。産業規模は収入ベースで5兆1278億元(約85兆円)。対GDP比では5.7%に上昇するなど、存在感が高まっている。
観光業発展の特徴は1人当たりGDPによって三段階に分けられる。同GDPが1000~2000米ドルの第一段階はズバリ「観光」が中心。2000~3000米ドルの第二段階では「レジャー」がキーワードとなる。そして3000米ドル以上になると、「リゾート」という概念も加わるという。中国は08年に1人当たりGDPが3266米ドルとなり、第三段階に突入。旅行の目的の幅が広がり、旅行日数が伸び消費額が増える傾向にある。交通インフラの拡充、観光地の整備、宿泊施設の多様化が進み、市民が安心して旅行できる環境も整ってきた。
アクティブシニアが躍動中
孫文の出身地である広東省中山市。この地にある「孫中山故居紀念館」は人気観光スポットだ。週末にもなると中国各地からの団体客でごった返す。彼らはワイワイ楽しみながらも、館内では真面目な顔で資料を見て回り、"革命家"の理想に思いを馳せているようだ。その多くはシニア層である。
中国国内の旅行客を年齢層別にみると、「55歳以上」は7.0%で、「46歳以上」を含めても全体の14.9%と、「26~35歳」の35.4%を大きく下回る。だが、実際に観光地を訪れると年配者の存在感は大きい。1950年代と60年代に生まれた「50後(1950年代生まれ)」「60後」の世代は、経済発展の恩恵を十分に受け、ひと財産を築いた者も少なくない。若者に比べて経済的余裕も時間的ゆとりもあるため、ホテルや食事などへの出費も多いようだ。一方、「80後」「90後」などの若い世代は、景気低迷や高まる生活コストのせいで財布の紐が堅くなりがちだ。
先日訪れた、諸葛孔明の子孫が多く住む「諸葛八卦村」(浙江省)。ここも元気なシニア層の観光客で賑わっていた。金華駅発のローカルバスに同乗したのは、60歳前後と思しき初老の夫婦。北京出身の2人は、公共交通機関を乗り継いでやって来たという。村内にある漢方薬の資料館では外国人の私への説明役を買って出てくれた。階段の多い道もスタスタ歩く健脚ぶりで、まさに"アクティブシニア"である。
中国では今、「紅色旅遊」というキーワードをよく聞く。その名の通り、共産主義革命(紅色革命)の史跡を訪問するツーリズム。「南昌蜂起」で有名な江西省の省都・南昌、毛沢東が建設した革命根拠地の井岡山、革命の聖地とされる延安(陝西省)などが代表的だ。国共内戦の激戦地、徐州(江蘇省)の「淮海戦役紀念館」でも多くの年配観光客の姿を見ることができた。歴史や文化が学べる施設や観光地が彼らの人気の的だ。
16年に公表された「"十三五"旅遊業発展計画」の中では、観光スポットや活動の注力及び発展分野としてこの紅色旅遊が挙げられた。同計画の中ではこのほか、「リゾート地開発」「農村ツーリズム」「マイカー旅行」「海洋レジャー」「(スキーなどの)スノー関連」も重点項目として強調されている。政策の後押しがあるから観光業が伸びるというわけでもないが、観光地整備という面では追い風になるだろうし、旅行会社のキャンペーンに組み込まれれば各地の知名度も上がるだろう。結果的にそれが産業全体の発展につながっていくと考えられる。
また、同計画ではインフラ整備の重要性も指摘されている。道路や鉄道、空港整備の追い風になり、地方創生や雇用創出にも関連してくる。宿泊施設や旅行会社の規範化もうたわれており、市民が安心して旅行できる環境づくりにも役立つだろう。
ちなみに、「トイレ革命」の推進も盛り込まれている。20年までに観光地で10万カ所のトイレを新設・改良するとのこと。旅行客への"おもてなし"を強化するという点で、観光業界でも「量から質」への転換が進んでいるようだ。
あたりまえのネット予約
さて、旅行に出かける際にはホテルや交通機関の予約が必須だ。中国ではどのように行うのが一般的なのだろうか。
リサーチ会社のiResearchのまとめによると、中国のオンライン旅行市場規模は18年に1兆4812億元(約24兆円)に上ったもようだ。ここ5年間で5倍弱の規模まで急拡大。旅行市場全体に占める比率は36.9%となった。旅行関連予約の3件に1件以上はネット経由で行われていることになる。
ネット予約比率は、航空券は83.1%、鉄道チケットは75.9%と高い。ホテルは35.7%とまだ低いが、団体旅行の予約が影響しているのかもしれない。
現場を見ると、街中の航空会社の発券センターは客もまばらで閑古鳥が鳴くような状態。ただ、一定のニーズもあるので閉めるに閉められないような感じだ。筆者の場合、旅行や出張の航空チケット予約はもちろんスマートフォン(スマホ)経由。空港では、自動発券機でパスポート番号を打ち込み、簡易チケットを受け取るだけ。日本のようにチケットレス化も進み、スマホだけで搭乗できるケースもある。
鉄道の場合もスマホ予約が主流。窓側や通路側など席の指定もできる。空港と同様、駅の自動発券機で予約番号や身分証明証番号を入力してチケットを受け取れる(この機械、なぜか外国人には対応していないのが玉に瑕なのだが)。
さて、予約の際に使うのは、航空会社や鉄道会社のアプリやホームページもあるが、OTA(オンライン・トラベル・エージェント)が主流だ。最大手の携程旅行網(シートリップ、CTRP)や、香港市場に18年11月に上場した同程芸龍(00780)などが大手となる。各社のスマホアプリはどれも似通ったもので、トップページに「ホテル」「鉄道チケット」「航空券」「観光地入場券」などのメニューが並ぶのが一般的。目的地別ページに行くと、各地の観光スポットやグルメ情報、実際の旅行者のコメントなどを見ることができるほか、現地発ツアーの検索や現地ガイドのマッチング機能もある。ワンストップで情報収集と予約が可能なので、ポータル的機能を兼ね備え、ユーザビリティも高い。支払いはオンラインが基本で、銀行キャッシュカードでのデビット払いやクレジットカード払いのほか、アリペイや微信などにも対応している。
高速鉄道網の整備で旅行が手軽に
交通インフラの整備も観光産業を後押ししている。07年1月に「在来線上を動車組(高速車両)が走る」形式で営業を開始した高速鉄道は、専用軌道の建設に伴い年々営業距離を伸ばしてきた。08年時点では700キロだったが、13年に1万キロ、16年には2万キロを突破。18年時点での総営業距離は2万9000キロとなっている。日本の新幹線が2997キロなので、ざっと10倍の規模だ。また、18年は4000キロ分が新規開業したが、わずか1年で日本の新幹線網以上のネットワークを築いたことになる。
高速鉄道網の拡がりに合わせ、鉄道旅客数も右肩上がり。08年の14億5640万人から18年には33億7495万人へと、10年間で2倍以上に膨らんだ。帰省やビジネス利用も多いだろうが、移動時間が節約できる快適な高速車両の登場は、旅行のハードルが大きく下がることにもなっただろう。
空運の発展も目覚ましい。18年の旅客輸送量は前年比10.9%増の延べ6億1000万人まで増加した。空港の旅客取扱数ベースでは同10.2%増の12億6468万人となるが、そのうち北京首都空港が1億98万人でトップだ。2位は上海浦東空港で7400万人、3位は広州白雲空港で6972万人だった。中国国内には18年時点で約240カ所の空港があるが、25年までにさらに130余りの空港を新設する計画がある。
各社の特徴を踏まえた投資戦略を
旅行・観光関連の銘柄は多種多様だが、その特徴を押さえながら投資戦略を構築したい。
例えば、同じように見える旅行会社でも、中国国旅(601888)は免税店事業に注力し、中青旅控股(600138)は観光地運営を強化している。空港運営会社の中で特徴的なのは、免税店からのテナント収入が多い上海国際機場(600009)だ。航空会社では、春秋航空(601021)が低価格戦略や日本路線などの拡充で、三大エアラインとは一線を画している。先述のネット旅行関連では同程芸龍(00780)も市場で注目されている。
また、粤港澳大湾区(広東・香港・マカオビッグベイエリア)構想の中で国際的観光センターとして位置付けられたマカオ関連では、やはり銀河娯楽集団(00027)や金沙中国(01928)などカジノ株への物色も期待されよう。
※文中の写真は全て東洋証券撮影
(上海駐在員事務所 奥山)