中国のクラウド産業の成長期待が高まっている。国家政策の後押しを受け、ビッグデータの応用やスマートシティ構想を支える技術として存在感が向上中。クラウド業界の現状と展望を俯瞰する。
注目集める「雲服務」とは
今年3月初旬、アリババ(BABA)系の「阿里雲(アリクラウド)」が浙江省・杭州で行った企業説明会。同社の日本地区責任者である宋子暨氏がモニター上の地図を指差しながら、リアルタイムで映される市内の交通状況を解説してくれた。同社は、杭州市内の道路に設置された約1300台の監視カメラと接続したシステムを通じ、交通渋滞や事故などをクラウド上で管理・データ分析し、警察への通知や臨機応変な信号変換に生かしているという。
中国語でクラウドは文字通り「雲」。クラウドサービス、すなわち「雲服務」が今後の成長産業として注目を集めている。
クラウドとは、ネット環境さえあればデータを「いつでも、どこでも」利用することができるシステムを指す。日常生活に近いものでは、米アップルによる「iCloud」などが有名だ。「データをハードディスクではなくクラウドに保存する」という言い方もよく聞く。これを個人ではなく社会生活やビジネスに応用すると、難しい言い回しだが「ITリソースをプールしておいて、複数ユーザーで共有する」とでもなるだろうか。
クラウドの利用形態は、①パブリック、②プライベート、③ハイブリットの三つに分けられる。この中で最も使われており、クラウドの代表格と言えるのが①のパブリックだ。クラウドの標準的なサービスを不特定多数が共同で利用する。ユーザー層は個人から大企業までさまざまだ。低コストが特徴だが、一方でセキュリティー面での懸念もあるとされる。②のプライベートは、利用者専用のクラウド環境を指す。高度なセキュリティーを誇るがコストは高く、主に法人向け。日本では銀行などの金融業界が導入する傾向にある。③のハイブリッドは、①と②を併用する「イイとこ取り」の形態だ。
業界をリードするアリクラウド
中国政府は政策面でクラウドの発展を後押している。まず17年4月に「クラウドコンピューティングの発展に関する三年計画(2017~19年)」を発表し、各業界の応用強化などを推進する方針を打ち出した。18年8月に公布した「企業のクラウド利用推進に関するガイドライン(2018~20年)」では、20年までにクラウド利用企業を新たに100万社増やす目標を掲げている。
クラウド業界のリーディングカンパニーは、冒頭でも触れたアリクラウドだ。中国パブリッククラウド市場でシェア43%と圧倒的な存在感を誇る。
クラウド上では、集積したデータがそのままビッグデータとなるが、そこに人工知能(AI)技術などを応用して高速でのデータ分析や処理も可能になる。これに強みを持つのがアリクラウド。アリババが展開する「淘宝網(タオバオ)」や「天猫(Tモール)」などのECサイトの取引や決済を一手に引き受ける。毎年11月11日の「独身の日」セール時には天文学的な注文件数と取引額(18年は約3.5兆円)となるが、アリクラウドはピーク時には毎秒25万件以上の取引を問題なく処理ができているという。
アリクラウドはまた、画像認識や深層学習(ディープラーニング)などのAI技術を取り入れた「ET大脳(ETブレーン)」を作り上げた。同社によると、これは都市問題や環境問題などを解決する総合的なAIプラットフォーム。中国政府が12年から推進するスマートシティ建設計画にも同技術が使われている。冒頭で述べた監視カメラと接続した交通分野のデータ分析はこのETブレーンを活用している。
クラウド利用率はまだ3割、今後の普及に期待
政府によるバックアップを受け、クラウド関連企業も増えてはいるものの、実際の利用率はまだまだ低い。18年における中国企業のクラウド利用率は約31%と、米国の80%を大きく下回っている。市場規模も米国の10%程度にすぎない(17年時点)。ただ、普及と市場拡大が着実に進んでいることは、各企業の業績から読み取れる。
中国で成長企業向けERP(統合基幹業務システム)を展開する金蝶国際軟件集団(00268)は、従来型ERPからクラウドERPへの移行を積極的に進めている。クラウドERPを含む「クラウドサービス」部門の売上構成比率は24.7%(17年)⇒30.2%(18年)へと順調に拡大中だ。用友網絡科技(600588)も同分野の売上構成比率が18年は27.2%まで上昇。ソフトウエア大手の金山軟件(03888)は売上高の3割超をクラウドサービスでたたき出している。ネット大手のテンセント(00700)は、「決済、クラウドなど」と区分けされた部門の売上構成比率が17年の18.2%から18年には24.9%まで大きく上昇した。
クラウドの今後の成長ポイントは金融分野だろう。アリババは15年にインターネット銀行「網商銀行(マイバンク)」を設立。コアシステムを「金融クラウド」上に構築している、中国初の銀行だ。融資申請から数分以内の送金を可能とした独自のシステムを売りにしており、融資先の信用審査や適用金利などの管理及び分析を全てビッグデータとAIに任せている。主な顧客ターゲットは、資金調達が必ずしもスムーズには行かない中小企業や農村部の企業及び市民だ。同様のモデルで、テンセントは「深圳前海微衆銀行(WeBank)」、百度(BIDU)は中信銀行と共同で「百信銀行」を相次いで設立。ネット大手の「BAT(Baidu、Alibaba、Tencent)」がいずれもクラウドを活用した銀行業務へ進出し、従来の業界の垣根をいとも簡単に打ち破っている。また、中国平安保険(02318)傘下の平安銀行(000001)は、クラウドなどを活用して個別化したサービスの提供に特化する「ブティック型銀行」の設立計画を発表している。今後、IoT(モノのインターネット)や5Gなどの普及が進み、大量のデータ管理や分析が必要になることが予想される。それに伴いクラウド市場のさらなる拡大が期待されよう。
(上海駐在員事務所 山藤)